行列の多項式

先だっての線形代数ゼミのひとつのハイライトは,行列の多項式を作るところだったと思う.固有値固有ベクトルを使った対角化を用いて,行列の多項式が自然な形で定義できること,そしてTaylor展開可能な関数を自然な形で行列に拡張できること.こうしたことは本にまったく書いていなかったけれども,「本の中に隠された宝物探し」で見つかった大事な発見だった.先生が持っている知識を教えるのではなく,ゼミのダイミナクスの中で発見していくというプロセス自体がハイライトだったように思う.これからもそれぞれが宝物探しをするゼミでありたいと思う.

さて後日談.私はなんだか嬉しくなって,いろんな人に会うごとにこの話をしたのだが,線形代数を道具として使っている制御分野の某先生に話をしたら「へえー,そんな風に考えるんだ.今までそんなこと考えたこともなかった」と言われてしまった.f(t)=CeAtなんて計算を普通にしている先生なのに.

一方で,物理出身の某先生に話したら,「そんなの当然じゃないですか.力学系微分方程式を解いていたら当然それくらい理解できていないと」と一蹴されてしまった.がっくり.
こんどは化学系の某先生から「ケーリー・ハミルトンの公式っておもしろいですよね.まるで自分で自分を飲み込むみたいで」と言われ,つい「でも行列の多項式を考えれば,あの公式が成り立つのは自明ですよね」と返事をしてしまい,後からしまった!と反省.公式が成り立つかどうかは式変形すれば当然なんだけど,美しい構造があるところには,美しい理論が隠れていることこそが大事なのだと,それを普段から思っている私が,それに反する返事をするなんて.そう,ケーリー・ハミルトンは,その公式しか見なかったらそれで終わりなのだけど,そこにも大事な宝物が隠れているのだ.

そんなことを思いながら,斎藤毅著「線形代数の世界-抽象数学の入り口」を読んでいた.この本はしょっちゅう「余談」と称して解説が入る.この解説がなかなかいい.行列の多項式についてはこんな余談が.

線形空間Vの自己準同形fに,fの多項式もあわせて考えるということは,代数の用語でいえば,Vを多項式環K[X]上の加群として考えるということになる.
と書かれており,そうだよな,そうなんだよなーと(深く理解したわけではないけれど)自分がそこに見つけたもの,見ようとしたものの真意はたぶんこれだったんだなーと感じた次第.

この線形代数の本は(私にはなかなかむずかしいけれど)勉強になる.それまで(工学数学として習う)線形代数が,まったく違う姿で見えてくる.ちょっとカタイ感じの女の子が,装いを改めたら実は奥深い魅力をたたえていたような,なんかそんな感じ.あるいは,メスキータ(私はいつもそう感じる)の奥はまだまだ深い,と.