学位記授与式での祝辞

"Be a gentleman well versed in technology and science." 

「技術に堪能なる士君子たれ」,わが校のモットーです.諸君がその学位記を手にしたということは,諸君は工学あるいは科学に精通しているというだけでなく,同時にgentlemanあるいはgentlepersonであるということを意味します.

もしみなさんの中で自分はgentlemanではないと思う人がいたら手を挙げてください.学位記を回収に行きます(笑)......いませんね(笑).ということは,ここにいるみなさんは士君子なのです.このことはよく胸に刻んで,誇りに思ってください.そして士君子としての義務を果たしてください.

士君子の義務とは何かわかりますか.士君子の義務とは「幸せになること」です.幸せになる権利があるのではありません.幸せになる義務があるということです.立派に義務を果たし,どうか幸せになってください.

もう少し詳しく言いましょう.幸せになる義務があるという意味は,どこかに理想の環境,理想の職業,理想の配偶者がいて,そこにたどりつく努力をする...という意味ではありません.もしそう思っているのならば,一生「上司が悪い,配偶者が悪い,環境が悪い,運が悪い」と言い続けることになります(笑).幸せになる義務というのは,そういうことではありません.どんなに環境が悪かろうと,運が悪かろうと,逆境だろうと,自分を幸せにするための行動を取り続ける義務がある,そういうことです.もっと言うなら,諸君自身が自分のいるその場所その瞬間を幸せの場所にすることで自らを幸せにし,同時に周囲の人々も幸せにすることです.そうすれば諸君の行く先々すべてが幸せな場所になることでしょう.いわば,諸君自身が幸せという存在そのものになることにほかなりません.それが「幸せになる義務」なのです.


......とは言え,士君子をやっていくのも楽ではありません.これがどっこい,なかなか骨が折れるのです(笑).昔,中国の孔子という先生がおりましたが,ある日お弟子さんが質問しました.「先生!君子は困ったりしないのですか?」と.孔子先生,ただちに答えて「君子,もとより窮す」と.孔子先生ですら,困るときは困ってしまうのです(笑).ただし君子たるもの,取り乱したりはしない,そこが違うと言っています.Gentlemanの本場イギリスにも似た言葉があります."Keep a stiff upper lip", 「上唇を引き締める」という意味ですが,やる気をなくしてだらっとした唇にしたり,おびえてわなわなと震わせたりせず,困難に直面しても冷静を保ち,微笑を保つという意味です.それがgentlemanだというのです.

ではどうすればそんな風になれるのでしょう?今日はその秘訣を少し教えます.それは「へそまがり」です.Gentlemanというのは昔からへそ曲がりと相場が決まっています.たとえば "A gentleman will walk" という言葉があります.「紳士は歩く」という意味ですね.紳士は人間ですから,皆さんの作ったロボットのように全方位台車で移動したりせず,ちゃんと歩きます(笑).もちろんそういう意味ではなく,続きがあって,"A gentleman will walk but never run." 「紳士は歩く,けっして走らない」という意味です.どんなにあわてているときでも,いやあわてているときだからこそ,あえてゆっくり歩くわけです.本当にへそまがりですね.でも,このへそまがりが諸君を助けるんです.

これから社会に出る諸君は,社会人としてまだ小さな子供のようなもの.不安もいっぱいあるでしょう.小さな子供が覚えたての自転車を乗るとき,転ぶんじゃないかと不安になって足元を見るでしょう?するとますますバランス崩して転んでしまいます.そんなときは足元ではなく遠くを見る.へそまがりですからね.すると姿勢が安定します.やがて仕事にも慣れ,自転車も上手に乗れるようになると,今度は自分の人生の道のり遠さが不安になります.そんなときは足元を見ます.すると,そこにはたゆまず前進する足が見えることでしょう.

そして,ここからが一番大事なことですが,もし自分の背負っている荷が重くて重くてくじけそうな時,辛くて辛くて耐えられないとき,そんなときは人生一度や二度は必ず来るものですが,......いやほんとですよ,来てほしくなくても必ず来ます(笑),そんなときは自分のことではなく,他の人のことを考えてみてください.へそまがりですからね.自分を幸せにできそうになければ,他の人の幸せを考えてみてください.そのことが実は,諸君自身を救うのです.

聖書の中でイエスはこう言っています.「すべて疲れた人,重荷を負っている人はわたしのところに来なさい」そして「わたしのくびきを負ってわたしの荷を負いなさい.私のくびきは負いやすく,わたしの荷は軽いからです」と.誰かのしあわせのために生きるということは,実は自分のために生きることよりも荷が軽いのです.それが自分自身を救うことになるのです.それが諸君の幸せにつながるのです.諸君が将来苦しい場面にあったときは,どうかこのことを思い出してください.

さあ,ここを発つときが来ました.ここを発ち,士君子としての義務を果たしなさい.幸せになるための行動を起こしなさい.いつか立派に義務を果たし,幸せになっていることを信じています.

今日は本当におめでとう.