25年

今年は日航123便の事故から25年目.あの飛行機には自分の学科の教授が乗っていて(そうです,塚原先生です),私は塚原先生から教わった最後の学年になってしまった.そしてその後,学科全体が受けた影響も大きかった.また近所でも乗っていた方が多く,あちこちで葬式が行われていた.

新聞で伝えられる大事故のニュースを受け止める(ふだんの)私たちと,当事者になった人たちとの感覚のズレ.それは大事故に限ったことではないのだけれども,そのズレの存在を自覚することは重要だ.

つい私たちは「こうすべきだ」「こうあるべきだ」という意見を述べたがるし,意思決定をしたがる.結論を出すことを急ぎたがる.いちばん簡単でわかりやすい結論に飛びついて,それで思考を終わらせたくなる.でも思考停止は愚者のすること.

この事故の遺族がたどった経緯を,遺族に密着して研究した本がある.野田正彰氏の「喪の途上にて」.残された人たちは,見かけ上は私たちと同じ時空間に存在しながらも,実際は交わりのない平行な別の空間に存在しているのではないかと私は思う.あたかも異なるセルに描かれたアニメのキャラクター同士が,見かけ上は同一空間で動いて見えるように.この本は社会学の研究という観点でも,またそうしたナマの感覚を伝えるものとしても,ものすごい迫力を持っている.
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